【ミキサー不要】オートリーズで捏ねなくても本格ハードパンが作れる

はじめに:プロが教える、家庭で失敗しないパン作りの秘訣

こんにちは!『アトリエキッチン』福士です。

「自宅でハードパンを焼くと、なぜかクラスト(皮)が硬くなりすぎる」「中が詰まって、軽い食感が出せない」といったお悩みをよく耳にします。特に、本格的なパン用のミキサーがない環境では、「しっかり捏ねられないから、グルテン(粘り)が十分に形成されない」と思いがちですよね。

しかし、ご安心ください。パンの美味しさは「捏ねる力」だけで決まるわけではありません。
むしろ、生地のポテンシャルを最大限に引き出す「時間」と「水」の力を活用すれば、ミキサーがなくても、プロ顔負けの香りと食感を持つハードパンを焼き上げることができます。

今回はミキサーを使わない前提で、この「時間」の力を利用した「捏ねない製法」を、原理から具体的なレシピまで解説します。


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1. 美味しいハードパンを作るための原則:オートリーズ法の理解と実践

Point(結論):生地を捏ねる前に「休ませる」時間を必ず設けましょう。

パン作りにおいて、生地を捏ね始める前に、材料を混ぜて放置する工程を「オートリーズ」と呼びます。ミキサーを使わない製法では、この工程が成功の鍵を握ります。

ヒント:手ごねの場合は、最初に粉と水だけを混ぜて放置した(オートリーズ)後に、イースト、塩を加える後塩法という製法もあります。

Reason(理由):オートリーズが「捏ね」の代わりを果たします。

パン生地は、小麦粉に含まれるタンパク質(グルテニンとグリアジン)が水と結びつき、力を加えること(捏ねること)で「グルテン」という網目構造を形成し、生地に弾力と粘りを与えます。

しかし、オートリーズでは、捏ねなくてもグルテンの形成が促進されます

  1. 水和の促進(水分吸収):小麦粉のデンプンやタンパク質が十分に水分を吸うことで、均一で滑らかな生地になります。
  2. 酵素の働き:小麦粉に含まれる酵素(プロテアーゼなど)がタンパク質に作用し、グルテン構造が作られやすい状態へと変化します。

この時間を利用することで、本来ミキサーの力で捏ねていた作業を、「水」と「時間」に代行させることができるのです。

Example(具体例):オートリーズの実践手順と効果的な時間

オートリーズを実践する際は、休ませる時間とパンチの組み合わせが重要です。

オートリーズの基本ステップ

ステップ 材料作業内容理由・効果
1. 混合小麦粉、水、イースト、塩(モルト)材料を粉気がなくなるまで混ぜる(捏ねない)Point: グルテン形成の準備。この段階で生地はまだボソボソ
2. 放置ボウルにラップや蓋をし、室温で20分〜60分放置する。Point: 酵素がタンパク質に作用し、グルテンの網目が自然に作られ始める。
3. 本捏ねオートリーズ後の生地にパンチ(折りたたみ)を入れるPoint: オートリーズで形成されたグルテンをさらに強化する。

放置時間の目安

  • 短時間(20〜30分):比較的早く作業を進めたい場合。
  • 長時間(60分)以上:特に水分量の多い生地(高加水)の場合は、パンチが複数回必要になります。

💡ヒント:捏ねない製法では、「放置時間」を「捏ねる工程」と捉えましょう。

オートリーズ中のパン生地

2. 捏ねない製法の具体的な手順:高加水ハードパンの作り方

ここでは、ミキサーなしで可能な本格的なハードパン(高加水バゲット)の材料と工程を解説します。
生地をほとんど捏ねないため、「ストレッチ・アンド・フォールド(伸展と折りたたみ)」という技法を用います。

Point:生地を「折りたたむ」動作を繰り返すことで、グルテンを強化します。

捏ねる動作は、生地に熱と摩擦を与えます。ミキサーがない環境では、手捏ねでは時間がかかりすぎる上に、生地温度が上昇してイーストの働きが不安定になりがちです。

そこで行うのが「パンチ」や「フォールディング(折りたたみ)」です。これは、生地を優しく伸ばし(ストレッチ)、それを折りたたむ(フォールド)動作を繰り返し、生地内のガスを抜きすぎることなく、グルテンの網目構造を何層にも重ねて立体的に強化する技法です。

これにより、生地は徐々に弾力を持ち、気泡を抱き込む力がつき、結果としてクラム(中身)に大きな気泡が入った、軽い食感のパンになります。

捏ねない製法でグルテンを強化するためのパンチ

例:高加水バゲット2本分の材料

ここでは、高加水生地(加水率78%)を例に、作業工程を示します。

  • 準強力粉:300g(リスドオル推奨)
  • 塩:6g
  • ドライイースト:1.5g(低糖質用)
  • モルトパウダー:0.3g(なくても可)
  • 水:234g

焼成温度
①加熱方式:過熱水蒸気で最高温度設定300℃/10分
②加熱方式:オーブン(スチームなし)に切り替えて230℃/20分(途中で反転させる)

捏ねない製法の作業スケジュール例

このバゲットは前日に仕込み、翌日の朝に焼き上げるオーバーナイト製法です。

以下は作業工程の大まかな流れです。

  1. 材料を混ぜて生地を作る
  2. オートリーズ→パンチ入れ2回(折り込み作業)
  3. 低温長時間発酵(12~16時間)
  4. パンチ3回目(復温)
  5. 分割・丸め(ベンチタイム)
  6. 成形
  7. 最終発酵
  8. クープ入れ&焼成(焼き上げ)

パンチ(フォールディング)の方法

  1. 濡らした手で生地をボウルやタッパーの中で、生地の四隅を優しく持ち上げて中央へ折りたたむ。
  2. これを数回繰り返すことで、生地全体に力が加わり、グルテンが強化されます。

作り方を動画で見る ➡


3. 家庭用オーブンで香ばしいクラスト(皮)を作る秘訣

ハードパンの魅力は、何と言ってもパリッと香ばしいクラストです。家庭用オーブンレンジでは火力が不足しがちですが、いくつかの工夫でパン屋レベルのクラストを実現できます。

焼き始めの「蒸気(スチーム)」と「高温」の組み合わせが最高のクラストを生み出します。

パン生地は焼成開始直後に急速に膨らみます(窯伸び)。このとき、生地表面がすぐに乾燥して硬い皮(クラスト)ができてしまうと、それ以上生地が膨らむのを邪魔してしまいます。

  1. 蒸気の役割蒸気(スチーム)は生地の表面を濡らし、クラストができるのを一時的に遅らせます。その間に生地は十分に膨らむことができ、結果として大きな気泡を持つクラムになります。
  2. 高温の役割十分膨らんだ後、高温によって生地表面の水分が蒸発し、デンプンが焦げてメイラード反応やカラメル化が進み、あの香ばしい色と風味を持つパリッとしたクラストが完成します。
家庭用オーブンレンジでスチームを発生させる

オーブンの使い方を動画で見る ➡


FAQ(よくある質問)

オートリーズとは?

Q. オートリーズとは具体的にどのような効果がある工程ですか?

A. オートリーズとは、製パン工程の最初に、材料を混ぜて一定時間放置する工程のことです。主な効果は、小麦粉への十分な**水和(水分吸収)**と、小麦粉に含まれる酵素がタンパク質に作用することで、力を加えなくてもグルテンの形成を促すことです。
これにより、手捏ねやミキサーでの捏ね時間を大幅に短縮し、グルテンを傷めずにしなやかな生地を作ることができます。捏ねない製法では必須の技術です。

ベンチタイムの役割は?

Q. 分割後のベンチタイムはなぜ必要なのですか?

A. ベンチタイムとは、生地を分割して丸めた後、成形に入る前に設ける20~30分程度の休憩時間のことです。分割や丸め(三つ折り)の作業で一度生地が緊張し、グルテンの弾力で硬くなっている状態を、休ませてリラックスさせる役割があります。
この休憩がないと生地が硬く伸びにくいため、その後の成形が難しくなり、無理に続けるとグルテンの断裂の原因となります。

家庭用オーブンでスチームを出す方法は?

Q. スチーム機能がない家庭用オーブンレンジで、蒸気を効率的に出す方法はありますか?

A. 非推奨ですが、あります。最も効果的なのは、**「深めの金属トレー(または耐熱容器)」に「タルトストーン/溶岩石」**を入れて一緒に予熱し、生地投入時に沸騰したお湯を注ぐ方法です。
これにより、庫内に一気に蒸気が充満します。火傷やオーブンの故障に繋がる可能性もあるため、自己責任で…

高加水パンの「高加水」とは何ですか?

Q. よく聞く「高加水パン」とは、どれくらいの水分量のことですか?

A. 「高加水(こうかすい)」とは、小麦粉の量に対して水分(水や牛乳など)の割合が多いパンのことを指します。一般的に、加水率が80%を超えると高加水と呼ばれ、リュスティックやチャバタなどのハードパンに多く用いられます。加水率が90%を超えるものもあります。
水分が多い生地は、捏ねる作業を含めて丸め、成形が非常に難しくなりますが、適切に扱えば、内部に大きな気泡を持つ、しっとりともちもちとした食感(高加水特有のクラム)を実現できます。


締め:ミキサーがなくても、美味しいパンは焼ける!

今回は、ミキサーを使わないアマチュアベーカーでも、本格的なハードパンを焼き上げるための「捏ねない製法」を解説しました。

要点を再確認しましょう。

  1. 「捏ね」の代わりは「オートリーズ(時間)」:材料を混ぜて休ませることで、捏ねなくてもグルテンの準備が整います。
  2. 「手捏ね」の代わりは「パンチ(折りたたみ)」:優しく生地を折りたたむことで、グルテンの網目構造を強化し、大きな気泡を抱き込む力をつけます。
  3. 「窯伸び」の鍵は「スチームと高温」:焼き始めに十分な蒸気と高温で焼くことで、クラストをパリッと、クラムをふんわりと焼き上げます。

パン作りは、技術だけでなく、生地と向き合う「忍耐と愛情」が大切です。今日から、生地の状態を観察し、「時間」を味方につけた新しいパン作りを始めてみませんか。


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